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He is my Shepherd.


by YFA15904
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ファンデブ

 さぁ、あいされるために肩をはんなくていいのがわかったところで、ファンデブだな。 

この世界のほとんどの行動が、愛されたいとか好かれたいとか 

そういう動機なんじゃないかと思っちゃうよ。 

それもまたけなげでほほえましいよね。 

でも、あい が無条件だとすると、

何かをしたから、あいされた

とか、そこにはしっかり条件が存在しちゃうね。 

愛を求めた行動が、逆に愛をとおざけちゃってるみたいだね。 

思えば、みんなに好かれたいと思ってかくブログは、一番自分がでないわ。 

かっこつけて、いい事いって、ひかれないようにくさくなりすぎないようにして。

調節しちゃってる。 

だからあいされてるってことは、もう生まれつきのタイトルだね。 

でもそんなこと言ったら、なんもやる気なくなっちゃうね。 

生まれてきた理由が、愛されるためだとしても

生きている理由もほしいもんね。 

だけど、生きる理由は、自分で決めることなんだろう。 


生かされてる理由は、愛されてるから。

生きている理由は、あなたがこうしたいから。 


じゃあどうしたい?

上の二つをうまく均等にするには、これだな。

あいされてるから、生かされてる

あいするから、生きている



どっちも忘れちゃいけない。 

あいされてるって盾だけで歩いてると、たくさんのこわがった人達がその

盾に隠れにくるだろう。 そしてみんなでその盾に隠れる。 そうするとね、あなたは

守りに入りたくなっちゃう。矛ももってないし。 いつのまにか、

自分を守るはずの盾を、守ろうとし始める。 

それが、あいされるために生きること。

盾ばっか守ってても飽きちゃうよな。


あいするっていう矛だけで歩いているとね、

警察がきて言うんだ。お前なんでそんな物騒なものもってんだ、って。

いろんな人がきて言うんだ。お前そんなのもってて気持ちわるいんだよ!って。 

その時に、あいされてる って盾をもってないと、

自分のあいするっていう矛が、憎しみの矛へとかわってしまうんだ。

愛が大きければ大きいほど、その人は傷つきやすい。 受け取ってもらえなかった時、

跳ね返ってくるものも大きいから。 だから 盾も必要なんだ。


フェンシングの、一番基本的な攻撃は、ファンデブなんだ。 これは、相手の間合いに

ズバッと入り込むもんなんだけど、結構勇気がいるんだ。 

初心者は、大体試合になるとファンデブをうてないんだ。 どうしてかな?って

理由がわかんないんだけど、それはこわいからなんだ。 

どんなに経験をつんでも、やっぱりこわいんだ。 自分がはずしたら、相手の絶好の

間合いで、ズバッと切り落とされるからね。 

今回の試合、一人っきりで行ったんだ。 試合会場にはだれも味方はいない。 

相手側では、監督みたいな人がぐちぐち文句言ってる。 

そんな中で、ファンデブをうつのは勇気がいるんだ。 

でも、聞こえたんだ。 そして感じたんだ。 

「行け!」って言うのが。 俺の を備えてくれた存在が。

俺に、I am loved っていうアイデンティティを返してくれたその存在が。

「行け!」って。 

そのファンデブが全部届いたわけじゃないけど、届いた時の快感はやばいね。 


あいする って言う、ファンデブほどうつのに勇気がいるものはないよ。

でも、 「行け!」って言われたんだからな。届いた時の快感はやばいし。

 まさに でーと だ!


I want to be loved.

I want to love.

もともと上の文は何かがおかしいんだよ。その気持ちはわかるけど、何かがゆがんでる。

I want to と be lovedっていう受身 が同居してほしくないよ。

自分勝手じゃん。 ほかの人のあいするって選択まで奪っちゃだめだ。 

神さまでさえ、

I want to be loved.

って言う気持ちを抑えて抑えて、俺らに生かされてる理由を与え

生きる理由を残してくれたんだから。  

  
だから

I am の後にはいるのは、受身でいい。

でも、

I want to の後にはいるのは、攻めであってほしい。 
by yfa15904 | 2007-10-26 14:42