He is my Shepherd.


by YFA15904
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カテゴリ:The Church( 5 )

The Church さいご

 なんだか、いろんな話題にとんじゃって、自分がぱにくってきたからとりあえず切り上げよう。 一番はじめに、罪人の集まりが、理想の教会って言ったよね。 やっぱりいっぱい書いてきたけど、今でもそう思うな。 どうしてなのかな? イエス様は、お偉いさん達に「なんであんたはそんな罪人どもと食事なんてしてるんですか?」 って聞かれたとき、「わたしは正しい人を招くためではなく、罪びとを招いて、悔い改めさせるためにきたのです。」って答えたんだ。 普通正しい人を救うのがヒーローってもんだよね。へんなの。 だけどよく考えたら、悪いことしない人なんているのかな。 そりゃもちろん、ヒーローだって正しい人を救い出したいさ。 でもイエスさんはこの世界にきて一人も見つけれなかったんだ。 そして、周りの人から、正しい人とか、偉い人とか呼ばれてる人よりも、周りから「罪人」って呼ばれてる人に可能性を見出したんだ。 みんながみんな悪い人だったらどうすれば、悪い人が正しい人になれるのかな? 最初は、自分がした悪いことと向き合うこと。 徹底的に向き合うと、わかるんだ。自分にはどうしようもないって、そして許しが必要だって。 そして頑張って勇気を出して、「ごめんなさい」 って言うんだ。 それが、出来るのは、周りから認められてる人よりも、罪人罪人言われ続けた人だよね。 だって嫌と言うほど向き合わされてるから。 ここに、聖書にある中でも、本当に綺麗な話しをのせるね。
~すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕らえられた一人の女を連れてきて、真ん中においてから、イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところであなたはなんと言われますか?」 彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由をえるためだった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のないものが、最初に彼女に石を投げなさい。」 そしてイエスは、もう一度みをかがめて、地面に書かれた。 彼らはそれをきくと、年長者達からはじめて、ひとりひとり出て行き、イエスが一人残された。女はそのままそこにいた。イエスはみを起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人達は今どこにいますか?あなたを罪に定める者はなかったのですか。」 彼女は言った。「だれもいません。」 そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。 わたしに従うものは、決して闇のなかを歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」~
 ここに教会を見る。 許された人達。 罪という闇を照らして消しちゃう光をもつ人達。 他人をさばくことをやめた人達。だって許されたんだもん。  なんだ、教会ってすごい行きやすいところ何だ。今頃きづいた。 さばかれもせず、灯りがともっている。 
 もしあなたが、クリスチャンならこれを言いたい。「あなたがたのうちで罪のないものが、教会員を、この世界をさばきなさい。」そうすれば、教会はもっと入りやすい場所になるんじゃないかな。裁かないって、受け入れるってことだもんね。  もしあなたが、イエスさまの友達じゃないならこれを言いたい。 「叩きなさい、そうすれば開かれます。」  教会へ入る扉は、近所にもあるし、自分の心にもあるんだ。 イエスさんがいるところが教会だから。もともと扉なんてなかったんだ。だけど自分の罪が、境界線に、扉になっている。 その扉をあける鍵は十字架だけだよ。自分の罪と向き合う。そしてその罪という扉に十字架をさしこむのか、その扉を去るのか、それはみんなにしか決められないね。 そして、もしあけたなら、彼はなんにでもなってくれるよ。 親友がほしい人もいるだろうし、おとーさんが、おかーさんが、兄ちゃんが、恋人がほしい人もいるだろうね。 それになってくれるんだ。 すげぇことするもんだな。まずはその扉と向き合ってみてほしいな。 去ることは簡単だけど、開けることは最高の幸せを生む。 

最近思う。 こんなことばっか書いてるのに、見にきてくれてる人がいる。去った人もいるだろうけど、変わらず見に来てくれる人がいる。 やっぱ大切だな。 ありがとね。謝謝。 
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by yfa15904 | 2006-10-30 15:28 | The Church

The Church 番外

 今日も野球関係で。 昨日、こっちではお兄さんみたいな存在の人から、メールが届いたからそれをそのまま乗せるね。 これはそのお兄さんが読んでるハーベストマガジンっていうのの抜粋。 中川健一さんがそのお兄さんってわけじゃないからね。
 
 【ハーベストメールマガジン】2006/10/27(金)


■ 最近考えたこと「ヒルマン監督に感謝」 ~ 中川健一

 北海道の皆さん、おめでとうございます。
 もちろん、昨夜のプロ野球日本シリーズでの日本ハム優勝のことです。昨夜は私もテレビ観戦をし、久しぶりにプロ野球で感動しました。

 ヒルマン監督についてですが、パ・リーグでの優勝を果たした時、私は月刊「クレイ」の例話に以下のようなコメントを書きました。


 日本ハムを25年ぶりのパ・リーグ優勝に導いたのは、トレイ・ヒルマン監督(43)です。プレーオフ第2ステージで、ソフトバンクを1対0で破った直後、ヒルマン監督の体は5度、宙に舞いました。優勝後、ヒルマン監督は感動的なことばをいくつも語っています。
 優勝監督インタビューの第1声は、「シンジラレナイ!」でした。
「もう一度、胴上げされたい。北海道のファンは世界で一番。できれば、ここにいる人たち、全国のファイターズファンの人たち一人一人を、われわれがマウンド上で胴上げしたい」
「私が監督だからでなく、一丸で戦ったから勝てた」
「外国人である私を温かく包み込んでくれた、みなさんのおかげです」

 ヒルマン監督は、来日後に「武士道」などの書物を読み、日本人の考え方に溶け込もうと努力したそうです。彼にとっては、米国流の「ベースボール」と、日本の「野球」とは別物だったと思われます。しかし彼は、「私たちは日本ハムという一つ屋根の下で暮らす家族」と言い続け、選手を一つにまとめ、監督就任4年目の今年、見事栄冠を勝ち取ったのです。
 謙遜な姿勢を見せる成功者には、誰もが拍手を送りたくなるものです。


 このコメントを書いた後で、ヒルマン監督がクリスチャンであり、宣教師であることを知りました。これもまた、驚きでした。同じクリスチャンとして、彼のことを誇りに思いました。上記の原稿は没になりましたが、爽快な気分がしました。

 ヒルマン監督は、「我が信条」というトラクトの中でこう書いています。

 「野球では、監督として、チームの勝算が最大になるように、毎回試合中にたくさんの重要な決断をしなければなりません。監督にとって、自分のチームの選手たちをよく知っておくことは大切なことです。選手たちの長所、弱点、またそれぞれのポジションで彼らが最高の力を発揮できるように、どう助けたらよいかを知っておかなければなりません。
 人生においては、全能で力強い、生きている神があらゆる人にとっての監督です。神は私たちが神との関係を持つようにと私たちを造り、私たちのことを何もかも知っています。私たちには弱いところがたくさんあるにもかかわらず、神は私たちを愛しています。神は、2000年以上も前に、神の子であるイエス・キリストをこの世に送って、ご自分のことを私たちに知らせてくれました。それは私たちに、永遠のいのちという贈り物をただで与えるためだったのです。
 神の祝福がみなさんの上にありますように。 トレイ・ヒルマン」

 昨夜の野球中継で、多くの皆さんが、優勝が決まった瞬間の日本ハムの選手たちの姿に感動されたことと思います。私もその一人です。解説の東尾氏がコメントしていましたが、選手全員が互いにハグ(抱擁)し合っている姿は、日本ではあまり見かけないものでした。「新庄劇場」の効果もあるのでしょうが、私には、ヒルマン監督のクリスチャンとしての価値観や人間観が花開いたのではないかと感じました。
 後で振り返ってみると、2006年10月26日は、日本のプロ野球を大きく変えた記念すべき日として記憶されるかもしれません。巨人中心、東京中心のプロ野球から、地方に密着したプロ野球への変化。球団の意図が優先するプロ野球から、ファンとともに作り上げるプロ野球への変化。監督の強力なリーダーシップを重視するプロ野球から、選手の才能を引き出し、個性を生かすプロ野球への変化。

 それにしても、スポーツの影響力はすさまじいです。ヒルマン監督を始めとするクリスチャンのスポーツマンたちのために祈りましょう。彼らの存在が、日本に風穴を開けるきっかけとなる可能性は十分あります。

 そうだよな、野球ってそうだよな。そうだよな、教会ってそうだよな。 いろんな選手がいて、そのいろんな選手が自分の役割をみつけて、それにエキサイトした時、チームは強い。 教会にも「新庄」は必要だ。 カリスマ性を発揮して、人を引き寄せる力がある人。 そして「田口」ももちろん必要だよな、紅。 頑張り屋さんっていうのはカリスマが引き寄せた人を時に、包み込む。 そして「イチロー」も必要だよ。 多くを語らず、行動と結果でしめす。 「ボンズ」だって必要さ。ホームランのような、メッセージを語って人の心をぐいっとつかむ。
 俺はなんなのかな。 中学の俺の最終的な定位置は、「ランナーコーチャー」だった。 次の塁に進もうか進まないか悩んでるランナーに進む勇気を与える。 本当はストップもかけなきゃいけないんだろうけど、一つのアウトはチームの勝利につながることがある。そんなこともちろん考えずに中学の時は ごーごー 言ってたけどね。  今はまだ俺には定位置はない。 だから監督と相談しながらだ。 だけど監督はだまってることが多い。 自分で見つけ出してほしいらしい。
 ヒルマンさん、きっと新庄を押さえつけることだってできたでしょう。 だけどそれをしなかった。それは、もっと大きな監督が、チームのためにはどんな個性も必要だって思ってるのを知ってたから。 そういうことなんですよ。どんな人にも役目はあるんです。でっかい監督、つまり神様の存在なしに自分の個性を解き放つことは俺にはできないな。 役目を与えてくれるのは監督だから。そしてそれを見つけるのは自分なんだ。 「私たちは日本ハムという一つ屋根の下で暮らす家族」 ヒルマンさん、よく言った!
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by yfa15904 | 2006-10-29 12:43 | The Church

ちょっとお休み

 新庄やったね。日本をでてから今日までプロ野球なんてまったく忘れてたのに、今日になって急に思いだしたんだ。 そしたら、シーズンのはじめに馬鹿馬鹿しく思われてた、彼の言葉が本当になってたね。 すげぇよ。すげぇよ。 みんなもうちょっと日本の事教えてくれよ。 今日ちょうど思い出したって言うのがなんか嬉しいな。 自分の道を信じて歩み続けた男の最後はいいもんだね。かっこいいね。  
 なんだか、これを通して 「信じて行け」 って声が少しだけ聞こえたような気がする。 北海道は雪かい?
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by yfa15904 | 2006-10-27 14:33 | The Church

The Church 2

 人はたまには、言葉がほしくなる。 すごいな、おまえ! とか やっぱ好きだわ。 とか いなかったら生きていけないよ。     とか。だからこそ神様は何度も繰り返してる。 「私はお前を愛している。」  昨日書いた、罪人たちはそれを必要としすぎてたんだ。だから、イエス様のことが大好きだったんだよ。 言葉によって、行動によって、そして一緒にいることによって、自分達がどれだけ大切か示してくれるから。 「大切な地位」とか「必要不可欠な存在」とか、危険な言葉だよな。 それは「大切な○○」を忘れさせるから。 ○○ってやったんだから、ためしに自分の名前を入れて読んでみてよ。 きっと恥ずかしくなるから。 教会って照れる場所なんじゃないかな。 そりゃみんながみんなお互い愛しあってたんじゃ照れちまうよな。 この罪人の集まり、お互い照れあってたんじゃないかな。 
 アル中1「イエスのおやっさん、なんであんたはわしらにそんな優しいんですかい。なんだか気持ち悪いっすよ。」 
 イエス「そりゃ、お前らが俺にとって本当に大切な存在だからに決まってるだろ!」
気まずい。気まずい。気まずい。 この気まずさが教会には流れるべきなんじゃないかな。だって 愛してる なんて言葉が心から飛び出したら気まずいもん。照れて顔が赤くなるのだって意味があるさ。 口で表せない分、顔が精一杯感情を発散してるんだよ。 そしていくら気持ち悪くたって、気まずくたって、嬉しいもんは嬉しいんだよ。 なんだかまとまらないな。 The Church まだまだ続くよ。 そしてきっとみんなが見逃してる盲点を一つ。 「私はお前を愛してる」 これはみんなに対する、一人一人に対する大工さんからのメッセージなんですよ。人事じゃないんだ。 俺は一人で気まずくなってるからさ、なんだか悲しくなったら、この言葉を信じてみて一人で照れるのも悪くないんじゃないかな? 大工さんはいつもそこにいて待ってるからさ。「はやくきてくんねぇと、とんかちがさびちまわぁ。おっ、きたきた、しっかり修理してやるからな、ちょっと痛いけど我慢しろよ。それにしてもよくきてくれたなぁ。 俺はお前をずっと待ってたんだよ。ありがとな。」 
 
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by yfa15904 | 2006-10-26 14:22 | The Church

The Church1

教会ってどんなところなのかな? いろんな教会があるしね。 でも聖書の中には理想的な教会がしっかり書いてあるんだ。 
 
 「なぜ、あなたがたは、取税人や罪人どもといっしょに飲み食いするのですか。」(ルカ5章30)

これは当時えらいって言われてた人が、イエス様とその一行に対して言った言葉なんだ。 つまりイエス様は、その頃すごい嫌われてた人達と一緒に食事してたんだ。 盗みをやった人もいれば、売春してた人もいれば、人からお金をだましとった人もいれば、ドラッグ中毒とかアルコール中毒とかすっごい汚い人もいたんじゃないかな。 
 そして俺が言いたいのは、この罪人の集まりが理想的な教会だって事。これは俺の勝手な意見だから、どんどん批判してくれよな! 今日はこれで終わり。 ルカ5章30のあとで世界一の変人、イエス様がどんな返答したとか気になるな。 そしたら自分でこの生きた古典を開いてみればいいんだよ。世界が広がるから。そしてきっとgood newsを見つけられるから。 どうしてこれが理想的な教会なのかな?とか、書いていきますよ。ゆっくりね。 待ちきれなかったら、自分で答えを探すのもきっと楽しいよ
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by yfa15904 | 2006-10-25 14:51 | The Church